愛っていうのは多分、感覚で、知らないヤツは一生知らない。俺も知らないまま死んでいく男の一人であるような気がする。今、彼女は俺の部屋で黙々と服を脱いでいて、俺はシャツを開けたまま、コーヒーを啜っている。
 彼女が好きだ。特に、彼女の背骨が。痩せた背にそっと浮き出る、不自然にカーブしたS。角張った一つ一つの関節、それらは歯車のように組み合わさって丸みを帯び、柔らかな皮膚の下にあるメカニズムを暗示する。人体の中でもっとも硬く、死に近い、有機体。最も無垢な白、――コーヒーを飲むふりをして俺は彼女の人体を眺め、想像した。 肌を裂く感触。
「脱がないの?」
 不意に彼女が振り向く。 顔が見えてると、殺せない。仮令(たとえ)空想でも。
「飲み終われば、」
 赤いマグを少し掲げ彼女に示した。彼女は納得し、再び背を向けて服を脱ぎだす。既に裸の背は見えていた。次はスカート、それからショーツ。最後が、靴下。いつも通り。付ける必要もなさそうな小さなブラが床に捨てられ、キャミソールと、セーターの上に横たわっている。まるで死骸だ。明かりの加減だろう、彼女の肌は小麦色に見える。砂漠を思い出す、赤茶色の砂が風に舞い牛の頭蓋が姿をみせる、……“骨”。
 vision.
 清潔な朝日の射し込む広いベッドに君はいて、うつぶせに、寝そべっている。冬の日差しは冷たい色で俺はプールの中を思う、除菌された空間。俺は、君の上に跨がってナイフを握る、よく切れるやつ、切っ先を項に埋め丁寧に尾骨まで下ろす、瑞々しい肌が裂け、刺すほどに鮮やかな赤が、ゆっくりと、溢れ出す。俺は裂け目に指を入れる、赤がまた、零れる、開けば、現れるのは“白”。 穢れない、“死”。
 抜き取ってみたい。抜き取って、俺はそこにキスをするんだ。
「マリア、」
「なに?」
「俺とヤッて、気持ちいい?」
「……」
「それって、愛してるから?」
「……どうしたの?」
「それとも、愛なんて関係ない?――よく分かんなくなっちゃった」
 彼女はピルを飲んでるし俺だってゴムを付ける、俺達のこの作業が何かを産み落とすことはない。例えば実が成って、俺の小さな分身が生れ出たら俺はどうするか、俺はその顔を見た途端頭を壁に叩き付ける気がする。愛してる? 細い、しなやかな両腕がソファ越しに俺を抱きしめた、なぁ俺は、ちゃんと愛してる? 俺の愛は正しい?
「不安?」
「そうかもしれない、……お前、胸無いな」
「うっさいわよ」
 ねぇ。 鼓膜がひっそりと震える。彼女の周波数、湿った、温い、彼女の吐息。 ねぇ、愛してるよ。
「そして、愛されてるよ。あんたに」
 彼女の、無垢で真っ白な背骨。抉り出し、俺は美しい曲線にキスを落とす、骨髄や血液に塗れそれでも白い骨に口付ける。次の瞬間、何故だろう。俺はたまらなく寂しくなった。寂しくて、骨を抱きしめたまま俺はずっと泣いていた、君だったものを抱きしめて、君だったものに跪き、ずっと。
「俺は、――マリアと一緒にいたい」
 愛っていうのは多分、感覚で、だから俺のこの感情が愛なのか、俺には分からない。愛ってどんなものなのか俺はちゃんと分かっていないから。だけどこの感情を、俺達がどう叫ぶのか、少なくとも、俺は知っている。

miss you.

 君がいなくて、寂しい。


2013/01/05:ソヨゴ
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