御影は悪戯っぽい笑みを浮かべた。 僕はその表情に戸惑う。
「え……そんな約束、してたっけ?」

嫉妬の小話

「忘れちゃったの?ダーリン。私はしっかり覚えているわよ。」
「約束、ねぇ……そーいやした気もするんだけど。」
僕は御影の太ももに倒れ込んだ。膝枕、ってヤツ。
「『輪払を仲間にしたいなら、私のお願いを三つ聞くこと。』って言ったじゃない。詳しくは戦争編の4話目を参照のこと。」
「____あ、あー……あと二つ残ってるよね。」
何。何企んでるの。
恐る恐る聞いてみる。と、御影は予想外に、かわいらしい表情を見せた。
「あのね和弘ぉ」
「え、ああ、うん。」
さっすが美少女、とこっそり見蕩れる。 ところが御影の口から飛び出した言葉は、僕にとっては非常に、都合の悪いものだった。
「一緒にお酒、飲んだりしない?」
「……は、酒?いや僕ら未成年だし、」
「いいじゃない別に。飲んだことくらいあるでしょう?」
お願い自体はかわいいものだ。昔の約束を引っ張り出してまで頼むことでもない気がする。よっぽどお酒が好きなんだろうか。
けど……『酒』という言葉は、僕が絶対避けたいワードだ。飲んだことがあるからこそ、もう絶対に飲みたくない。
僕は正直に言うことにした。
「いやあの、僕すっごくお酒弱くて、」
「あら意外」
「よく言われる。___で、それだけならいいんだけどさ……」
僕の酒グセ、むちゃくちゃ悪いらしいんだよ。
むくっと起き上がって、僕は御影に背を向けた。御影は僕を覗き込む。
「らしい?」
「酔うと記憶飛んじゃうから、僕自身は覚えてないんだけど………虎がね。」
あの時の虎の顔といったら。完全に引いていた。僕一体何したんですかね?覚えてないのが逆に怖い。
「もう、また輪払ぃ?」
御影は頬を膨らませた。 大丈夫、愛されてる自覚がある人間がするカオだ。
「何で輪払の方がダーリンのこと知ってるのよ。」
「一緒に居た時間が違うんだから、しょうがないだろ?」
「そうだけど……」
じゃあ言わせてもらうけどさ。僕は対抗するように口を開く。
「お前十緒美先輩と仲良すぎ。」
「え、普通じゃないかしら?」
「普通じゃねぇよくっそ、あのさぁ、お前らスキンシップ激しすぎんだよ。」
思い出してちょっとだけ、イラついてきた。 剣道部に迎えに行った日のこと。ありゃやりすぎだろう、十緒美先輩。
「あれは先輩のセクハラでしょう?」
「だったらもっと嫌がればいいだろ」
「嫌がったって無駄だから諦めてるんでしょ。 何よ、本気で怒ってるの?」
だって嫌なんだよ。  僕は悔し紛れに返す。理論になってないのは、知っている。
「僕の彼女でしょ、御影は。他のヤツには触れてほしくないな。」
「だからって___」
「分かってるよ、わがまま言ってることぐらい。」
少しすねた気分になって、僕は御影から目を逸らした。 独占欲って、醜いかな。
「___ふふっ。」
何だかかわいい。 御影は嬉しそうに笑った。
「かわいいって……ってか、何で嬉しそうなの?嫌じゃないの?」
「忘れたの?ダーリン。 私は貴方さえいれば、他には何もいらないのよ。」
御影の手が頬に伸びる。その手は僕の頬に触れて、顔を逸らすことを許しはしない。
「存分に嫉妬して。存分にヤキモチやいて。貴方の束縛なら、心地いいわ。」
御影は身を乗り出した。 触れるだけのキス。
「………いいの?僕、歯止め利かなくなるタイプだけど。」
「そんなこと、もうとっくの昔に分かっているわ。」
自分の唇が歪むのを感じる。御影は僕の表情を見て、満足げに目を細めた。 艶やかだ。
「あなたって……やっぱり悪い顔が素敵よ。」
ぞくぞくしちゃう。
「今さら放すつもりもないけど。」
「放されるつもりもないわ、ダーリン。」
僕は御影の手を取って、微笑んだ。僕の愛しい恋人は、甘く湿った息をつく。その唇を迎えに行きながら、今日は最後まで行くな、とか、ぼんやり考える。


とりあえず、お酒の話は忘れてくれたようだ。

お酒は二十歳になってから。皆さんお気をつけて。

2010/12/22:ソヨゴ
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