むかーしむかし___っつっても、ほんの七年ほど前の話だ。

コンプレックスと運命の話。

軽薄。俺を表すのにこんなにふさわしい言葉は無いと思う。よくも悪くも軽い、深く考えようとしない。というより、めんどくさいんだ。あれこれ物を考えるのは。
ややこしいことに首を突っ込むのはイヤだ。あらすじだけでいい、ダイジェストでもう十分。人間関係も色恋沙汰も正直むちゃくちゃ退屈で、特に恋愛は長続きしなかった。『愛する』という感覚が、俺にはよく分からなかった。
「美澤、私出掛けてくるから。」
「? どこ行くの?ラブホ?」
「正解。今日は帰らないわよー」
「うぃー」
俺んとこは両親ともに恋愛に対する考え方が自由奔放で、お互いに別の異性と性交渉してるってことを隠そうともしなかった。無論、俺にも。とはいえ俺はたまたまできた子って訳でもなく、それなりに愛し合ってたみたいだけど……にしたって、どこか軽薄で。
「今日のお相手は?」
「同級生の亮くん」
「あれ? 上司の村上さんじゃなくて?」
今思えば、実の息子が母親のセフレを大体把握してたってのは異常な状態だったのかもしれない。生まれた時からこんなもんだったので、特にショックとかはなかったけど____『愛する』ってどんなことか、なんて、あの二人からは教われなかった。
二人のせいかどうかはともかく、俺が二人を見てて思ったのは「愛って別に重要じゃないな」ってことで、愛することの素晴らしさとか尊さとかは二人の夫婦生活から一切伝わってこなかったので、誰かを愛したいなんて、思ったことが無かったのだ。体裁の為に彼女作ったりもしたけど、もちろん愛して何か居なかったので、短期間で別れてばかりだった。
重たい、複雑、ややこしい。それが俺の恋愛及び人間関係へのイメージで、それらの要素は俺がもっとも敬遠するモノだったから、俺の意識は自然とそれらのモノから離れていった。同時に、人間からも。友達は居れば楽しいし、生活していく為には必要不可欠な物だけど、心の支えとか、拠り所とか、そういうのは何か重くて嫌だ。そこまで深い関係は要らない。飲み友達程度でいい。
「へぇー珍し。んじゃ俺学校行ってくるわ」
「あれ?今日休みじゃなかった?」
「補習っすよ、補習。」
んじゃ、行ってきます。言い残して家を出る。いつもだったらサボるんだけど、その日は何故か、行こうと思った。
俺は本能的に察していたのかもしれない。大事な人に、出会える日だと。


「………って結局サボってるし。」
先生が居ない間に、こそっと呟く。俺は保健室に居た。
校庭から騒々しさが伝わってくる。今日は確か、野球部の練習試合だ。 他校が来てる。
「真日くんお待たせ。ごめんね、今ベッド使ってる子いるから。 他校の子でね。」
「いや、気にしませんよ。 他校?ケガっすか?」
「何かね、付き合いで来てたみたいなんだけど……ほら、今日暑いじゃない?元々貧血気味だったらしくて、倒れちゃって。」
すっごく、綺麗な顔の子よ。 先生はさらっと言って席を立った。
「え、見ていいっすか?」
「あーそっか、アンタ面食いだもんね……別にいいけど、起こさないでよ。」
了解でーす。 へらっと笑って、そっとカーテンを開ける。ふわりと舞ったその白が視界から消え去った後、現れた人物は____色々と予想外だった。
第一に、その美しさは予想以上だった。その人はひどく整った顔をしていて、睫毛は型が取れそうなくらい長く、量が多い。鼻筋がすっとしている。目を閉じているのにその瞳の大きさが分かる。肌は真白い、陶器みたいだ。唇が甘そう。果実みたいな色をしている。
見たことない。  こんな綺麗な顔の人。
この街に住んでたなんて、と、俺は今まで出会わなかった不幸を呪った。 この美しさは見なきゃ損。
けど、もう一つ____予想外だったのは、
「コイツ……男じゃないですか。」
そうよぉ、女の子かと思った?」
でも、美人さんでしょ。先生は楽しそうに笑う。 どうよ真日くん、今彼女募集中っしょ?
「……女だったら、文句ないんすけどね。」
「あっはは、やっぱりかぁ。 まぁまぁ、いいモノ見れたってことで。」


「どう?運命感じない?」
「感じない」
柳はむすっとした顔で言う。 それ、お前が一方的に見かけただけだろ。
「同じ街に住んでたんだ、別にありえる話だろう。」
「そうだけどぉ」
でもでも、と俺はすねつつ反論する。 会わなかったよりは会ってたの方が、いいでしょ?
「まぁ……そういうことにしといてもいいけど。」
「えー? 何だよ、薄い反応だなぁ。」
口を尖らせる。 何すねてんだ、と彼は言う。
「じゃあお前、初めて会った時……俺のこと知ってたってこと?」
「実は、ね。 一度見たら忘れられないって。」
むちゃくちゃ綺麗だもんな、お前の顔。 手を伸ばし頬に触れ、何度も何度も指で撫でる。柳はくすぐったそうに首を縮めた。
「やめろよ面食い。」
「だって事実じゃーん」
「……気に食わない。」 
え、何で?
間の抜けた声で尋ねると、柳はいささか乱暴に手を払い、そっぽを向いた。
「顔、顔ってさっきから____だったら別に、俺じゃなくてもいいじゃないか。」
ぶつぶつと、不満げな声が聞こえてくる。 和弘君とか虎くんとか、御影ちゃんも美人だし、年で言ったら美弘さんだって、そうだ、兄弟なんだから、別に悠でもいいんじゃないか。
「何、お前すねてんの?」
「別に?」
「じゃあこっち向けよ」
「嫌だ」
「何で」
「どーせ顔しか見ないんだろ」
思いっきりすねてるじゃねーか。 呆れてからふと気がついた。人のコンプレックスなんて、外から見てたら分からない。美しすぎるその顔は、もしかしたら、柳にとっては………一種のコンプレックスなのかもしれないな、と。
ただでさえ自己評価が低いのだ。愛されてる自信がない上に、生まれた時から顔のことなど褒めちぎられているだろう、うんざりもする。同じ顔の他人が居たら、ソイツでもいいんじゃないのか。外見だけ愛してるんじゃないのか。 そんな風に思ってしまっても、無理は無い。
こうやってすねて見せてはいるけれど、ひょっとすると柳は今、すっごく不安なのかもしれない。
俺じゃなくて、俺の顔? って。
「____りゅーう。こっち向いて。」
人を愛したいなんて、少しも思っていなかった。だけど愛してしまっていた。最初はただ単に、面白いヤツと思ってただけだったのに。一緒に居ると愛しくなって、愛しくなるとそばに居たくて、そしたら離れられなくなって。いつの間にやら、一人じゃいれなくなっちまった。お前が居ないと、駄目になっちまった。
「なぁ柳ってば、」
「やなこった。俺が好きなら、顔なんか見なくても別にいいだろ?」
あ、こりゃ単にすねてるだけかな。 思いつつ、こっそりと柳ににじり寄る。
「……柳。」
耳元で名を呼ぶ。柳は、ん、と色っぽい声を出した。
「何だよ、近い。」
「お前、かーわいいよなぁ。こんなことですねちゃってさ。」
は? 戸惑った様子で、彼は視線だけこちらに寄越した。
「お前より綺麗なヤツなんていねーの、お前よりかわいいヤツもいない、お前より好きになるヤツも、どんな世界にも存在しねえよ。 俺にしてみりゃ全てにおいて、お前は唯一で一番なんです。」
「はぁ?」
「誰でもお前のことは美しいって言うだろうな、でもお前のこと美しいって一番強く思ってんのはこの俺だからな。お前は俺の一番だしお前を一番愛してんのは俺だ、だから好きって言わせろよ、顔も、性格も、思考回路も仕草も嘘も、ぜーんぶ好きだ、愛してる。 俺は“リュウ”が大好きなんだよ、だから顔見せろって。」
何で、と、柳は少しだけ意地を張る。 本名で呼ばれたのは、やっぱり少し恥ずかしいらしい。
ついSっ気がくすぐられてしまう。俺は意地悪な答えを返した。
「だって今どーせ____お前、顔、真っ赤なんだろ?」
わざと低い声を出す。 恥ずかしがってるとこ、見せてよ。
「_____うっ、るっ、せぇ!! もういい死んでも顔なんか見せるか!!」
一瞬だけ振り返り大声で叫ぶと、柳はとうとう背を向けてしまった。 ちらりと見えるその耳が真っ赤で、俺はにやにやしてたんだけど。

コイツらリア充すぎてウザい。

2010/01/12:ソヨゴ
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