蒸し暑い夜だった。
 そして寝苦しい夜だった。俺はあまり気分の晴れない夢から逃げて目を覚ました。夢見の悪さか単純に暑さか、汗でパジャマが貼り付いている。うへぇ、気持ち悪い。声にならないため息で呟き、俺はもう一度瞼を閉じる。ダメだ、暗闇が目に眩しい。 俺は眠りを諦めて。
「あっつ……」
 窓から月光が差し込んでいる。さすが田舎といったところか、月は丸く、大きくて、東京の月より濃い色をしていて、じぃっと見つめているとどんどん大きくなっていく気さえした。__それはまるで空を焼き焦がし、穴を開けていく炎のように。あの向こうには、何があるだろう。
「寝れねえ……」
 くっそ、明日も早いっつーのに。焦りと苛立ちが混ざり合って脳味噌が沸き立ち始める。舌打ちしたいのを何とか堪えてふっと窓から目を外せば、……代わりに目に入ったのは、同じクラスの親友だった。
 気持ち良さそうに寝やがって。
 この暑さの中どうしてだ、と思ったら理由は簡単なことで、蔵未の枕元にだけ扇風機があったんだ。そういや寝る前にポーカーやって蔵未が圧勝したんだっけかと、寝ぼけた頭で検索を掛ける。そりゃあ安眠も出来ますよねぇ。くそ羨ましい、ぶん殴ってやろうか。
「あー、マジムかつくわお前……ちくしょう」
 すやすやと寝息を立てる親友が心底憎たらしい。俺は不貞腐れるように布団に転がり、また仰向けになった。目を閉じてみたがやはり寝れない。しばらく経ってから、俺は蔵未のいる方向へ目を閉じたまま寝がえりを打った。 その、瞬間に。
 蔵未もまた、寝がえりを打った。
 吐息が鼻の辺りにかかって、そこで俺は異変に気付いた。訝しみつつ瞳を開けば、すぐ、そこ、触れるか触れないかの位置に、__親友の寝顔があって。睫毛の一本一本が目に見えるほどに近かった。黒く、また艶やかな質感。触れたい。月光が背後から蔵未の顔を翳らせる。陰影がくっきりと、彫りの深さを際立たせた。まるで彫刻みたいだ、と、俺は靄のかかった頭でぼんやりとそう考える。端正で整った顔立ち。俺は、息を呑んでしまった。だってこんなにすぐ傍でコイツの顔を見たことなんて、今まで一度もなかったんだから。 見蕩れて、しまう。
 もう一度寝がえりを打って逃げてしまえばよかったのに、どうしてかそれが出来なかった。どうして、なんて。理由など知ってる。俺が瞳を離せなかったのは睫毛でもなく顔立ちでもなく、__その、唇だったんだ。
 いつもは、まるで気にならないのに。特別柔らかそうな訳じゃない、蔵未は綺麗な顔立ちだけどそれは女に近いんじゃなくて、ただ単純に整ってるだけだ。それでも、目が吸い付いてしまった。口付けてしまいたい、なんて。どうして俺は考えてるんだ。
「待てよ、……相手男だぞ、オイ」
 心中の呟きのはずが、気付けば声になり空気を震わす。一瞬背筋が凍ったが親友に起きる気配はない。いっそ、起きだしてくれた方が……まさか本当に、その唇を奪う訳にも。 何、俺溜まっちゃってんの?
 落ち着け、冷静になってみろって。相手は男だ、親友だ。親友相手に俺は一体何を考えてしまってるんだ。キスしたい? 嘘だよな? 誰か嘘だと言ってくれ、夏の暑さのせいだから、と。なぁ蔵未、お前多分引くよな? どうしよう俺おかしくなった? 蔵未、頼む起きてくれ。俺とんでもないことしちまいそうだ。あぁやめてくれやめてくれ、触れ合わせたら、感触は、なんて、案外柔らかいのだろうか、硬そうな感じはしないな、冷たいだろうか熱いだろうか、蔵未ならきっと少し冷えていて、心地のいい温度で、それで、やめてくれ俺の頭止まれ、止まれ、なんなんだよこの暑さ、くそ、全部暑さが悪いんだ、そうだ悪いのは俺じゃない、俺は悪くない暑さが悪い、俺は悪くない、悪くない、__だから。
 もうどうにでもなっちまえ。
「……蔵未」
「ん、__あ、れ? 沢霧、なん、で起きて」
「ごめん」
 はっきりと口に出した彼の名は彼の瞼をゆるりと開かせ、俺は謝罪を投げつけて蔵未のうなじに手を回す。呆気にとられた俺の親友はさらにぎょっとして眼を見開いた。 俺が、彼に口付けたから。
「っ!?」
 やめろ、と彼の声が聞こえて、__それは最早声ではなく閉ざされて曇った囁きであったが__けれど俺はもう後には引けない。想像通りの冷たさと、思った以上の柔らかさ。お前女の唇みてぇだ。贔屓目に、見てんのかなぁ。
「っふ、ぅ、……あ、……やっ、ぁ…………」
 喘ぎにも満たない吐息。余計、そそられる。貪りたくなる。俺は舌を差し込んでしまった。抵抗する腕が強くなる、だけどあっちは寝起きだ、力の入らない。俺の思うがままなんだ。いつもは振り回されてるからな、とか。些細な優越感に浸って。
 唾液と唾液が擦れ合って、温度が徐々に上がっていく。濡れた水音が耳にも届いた。果肉の潰れるような音が互いの鼓膜を揺らすたび、彼は泣き出しそうになる。意味分かんないだろうなぁ多分。なぁ蔵未、これは夢なんじゃないかな。後ろめたい悪夢なんだよ、きっと。夏の暑さにヤられちまって、頭おかしくなっちゃっただけだ。これは幻想だ。だから、__いいじゃん。

 やらしい夢に溺れちゃおうぜ。

学パロの合宿ネタ

2011/08/06:ソヨゴ
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