パターン1:所木和弘


「なにしてんの?」
 学校の裏庭。花に水をやっていた彼女に、和弘はそう声をかけた。
「とっ、所木くん? えっと、お花に水をやってて……」
「へぇ、偉いね」
「うっううん、お花好きだから……それに私、園芸部、だし」
 少女はほんのり赤くなりながらホースで薔薇に水をやる。少女の胸はどくどくと高鳴り、それもそのはずこの少女は、和弘のことがほんの少し、気になっていたのである。和弘は素知らぬ素振りで、ふぅんと相槌を打ってみせた。
「これ、薔薇だよね」
「うん、そうだよ」
「花は詳しくないんだけど、さすがに薔薇は僕でも分かるな。いいね、薔薇は好きだよ」
 目立つし、派手で、美しい花。和弘は薔薇の花弁を見つめる。少女は、俯きがちになる。
 この整った顔の少年は、地味で目立たない私のことなど……きっと、覚えていないんだろうな。
 名前すら知られてないんじゃないかと、少女の心は暗くなる。和弘はそれに気付いて、彼女を軽く覗き込んだ。
「、わっ!?」
「驚き過ぎ。どうしたの、__落ち込んでる?」
 少年は小首を傾げる。少女はその顔の近さにまた心臓を跳ね上げつつ、薄暗い気持ちを募らせて。だってさ、所木くん。あなたにはそれこそ薔薇のような、美しい彼女がいるんじゃない。
「なんでもないよ、ただ、私は、……薔薇とは全然違うなぁって。」
 目立たなくて、地味で、凡庸で。 私と薔薇は、違うなぁって。
 あなたの好きなこの花に、私はなれない。
「ん、まぁ……君は確かに、薔薇っぽくはないけど」
 彼は彼女から少し離れて、ひょいとその場に屈みこんだ。ごそごそと何かいじくって、それから立ち上がり、彼女の方を向く。彼女が彼の手にあるものを認識するその一瞬前に、__彼は彼女の髪の毛に、手にしていたそれを絡ませた。
「え、」
「僕は確かに薔薇も好きだけど、他にも好きな花はあるんだ。ほら、ヒナギク。可愛い花」
 君によく似てる。
 和弘は少女に答え、それから、__滅多に見せない微笑みを、ふわりと浮かべてみせたのだ。
 少女は、身動きが取れなくなる。見た事のない彼の微笑み、彼はいつも無表情で、笑うどころか泣いたところも、怒ったところも見たことがなくて、……それは少女の瞳にはこの世の何より美しく、大好きな花達よりも、ずっと優しいものに映った。あぁ、なんて綺麗な人。なんて美しい微笑みだろう。この花よりも、薔薇よりも、ずっとずっとあなたの方が、……なんて美しい、赤い瞳。
 彼女が真っ赤になっているスキに彼はくるりと背を向けて、ひらひらと、気怠げに手を振る。 じゃあね僕、国語サボりに行くから。 和弘が去ってしまうのを呆然としたまま見送って。少女は、ぼそりと口に出す。
「ヒナギク、……なんだっけ、花言葉」
 少女は自らの頭に手を置き、壊れないようにそっと、そっと、ヒナギクの花弁を撫でた。彼女の頭は程なくしてその花言葉を思い出す。歌を思わせる声で口にした途端、少女は沸騰したようにまた真っ赤になってしまった。


「『あなたと同じ気持ちです』__ね」
 屋上で。彼は再び微笑む。
「君、僕のこと好きなんでしょ?」
 でも僕が愛してるのは、やっぱり結局バラなんだけどさ。

和弘くんはからかうのが好き。天然たらしに見せかけた、ただのたらしです。

2011/07/18:ソヨゴ
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