「大佐ぁー」
 やばい、寝ちまった。いくら休日だからって、あぁ、何時間経っちゃったかな。 ソファーの上で目を覚ました俺は身を起こす前にまた倒されて。突然のことに動揺しているとほのかに酒の香りがした。覆い被さってきた対象に、目を移す。薄茶色の頭。
「……小豆屋?」
 あぁそっか、二人で酒盛りしてたんだっけ。先に寝ちゃうなんて悪いことしたと思いつつ、何でコイツはこんな酔ってんだ?酒は弱い方だから、飲むの控えるっつってたはずだが。
 ふっとテーブルに目を移す。焼酎の瓶が目に入った、__ちょっと待てまさかあれ飲んじゃった?あれものすごく度数高いぞ、あぁ放ったらかしにしなきゃよかったちゃんと教えてやればよかった。推測するにコイツは、俺が寝ちまったあと、一杯くらい飲んでみようかと手を伸ばしてみたんだろう。それがたまたまあの焼酎だった訳で……不運としか言いようがない。あの焼酎は俺が持ってる酒の中で一番度数が高い。何とびっくり、テキーラ以上だ。
「大佐ぁー、うー、だるい、です、う、」
「だろうなぁ……悪いな小豆屋。」
 ぎゅっと抱きついてくる彼の頭を、ぽんぽんと、あやすように。こういう手つきになってしまうのはやはり弟がいるからなのか。年齢的にも、結構近いし。
「あ、あたまが、ぼんやり、して、たいさぁ、」
「ごめん本当ごめん、まさか飲んじまうとは思わなくて、」
「大佐、大佐ぁ、好き、です、」
 おや?ちょっと様子が変だぞ。
 小豆屋は少し熱い身体をごそごそと動かして。軍服を掴むようにすり寄る。何か本当犬っぽいなコイツ……吐息が、首筋にかかった。
「大佐……大佐、好き、です、大好きです、」
「あ、え?あぁ、ありがとう。」
「大好きなんです、好き、で、尊敬して、大佐ぁ、好き、好きです、慕って、ます、大佐、」
 うわ言のようにくり返す。 大佐、大佐。名を呼んで。 相手は酔っぱらいであると分かってはいても気恥ずかしい。それに、その、少しだけ……変な気分になってくる。小豆屋の身体は熱い、まるで、熱にうかされたように。当然、吐息も熱い。湿っている。その焦れったい感触が首筋を柔く刺激して、背筋が時々ざわめいた。ちょっと待て、さすがに、さ。今の小豆屋に手は出せねえぞ。
「大佐ぁ、う、好き、です、大好き、大好き、」
「あ、あのさ……分かったから、小豆屋。ありがとう、だから離れようぜ。」
 何度かあやしてみたもののまるで動く気配がない。力ずくで退かしてもいいがそういうことはしたくない。あぁちくしょう息が、焦れったい、お前これ以上やったら襲うぞ。何が嫌って勃ちそうなのがイヤだ。もちろん、まだまだ全然平気だけれど。
「はぁ、ぁ、う、大佐、大佐ぁ、ぅ、」
 声が緩んでいる。何かちょっとその、あー言いたくねぇな、だが言うが喘ぎ声みたいで、それもまた俺を焦れったくさせた。小豆屋の唇が鎖骨と首の中間に当たって。柔らかい、温い、湿った感触。何か言おうと口が動くたびわずかに唾液がぬるりと滑って、くそ、コイツ、まさか起きてるとかじゃねえよな、本当によってるだろうな、あーもう__耐えらんなくなるぞ。
「たい、さ……大佐、慕ってます、心、から、大好きです、大佐、」
「っあ、わ、分かった、って、だから……もうしゃべるな小豆屋、」
「好きです、好き……大佐ぁ、大好き、ぅ……ふぁ、ん、たいさ、だから、」
 何かがおかしい。そう思って動きを止める。唾液とはまた違う、生暖かい液体の感覚。それはするりと鎖骨を流れて胸元を滑り落ちていく。止まることなく、次から次へと、__泣いてんのか。
「たいさ、たい、さ、」
「……どうした、小豆屋。」
「俺、俺、大佐が、ぁ、大佐が大好き、で、だか、ら、っふ、く……したって、るんです、大好きなんです、大佐のこと、が、だから、だから、……だから、大佐ぁ、」
 幸せに、なってください。
 絞り出すように。消え入るように。吐き出されたその言葉は、しっかりと耳に届いてしまった。急速に頭が醒めてって、俺は小豆屋を抱き寄せる。ごめんな。そう言って。
「ごめんな、……ごめんな。小豆屋。」
「ふぁ、ぁ、う、たい、さ、大佐ぁ、好きです、だから、だから、幸せ、に、なって、」
「ごめん……そんな風に泣かせてごめん。ごめんな、本当、本当に、……ごめん……」
 謝る以外に、何をすればいい。知っている、俺は俺の大事な人ばかり、大事な人ばかり、__傷付けている。俺を大事にしてくれる人をことごとく傷付けている。ごめん、でも、もう分からないんだ。逃げ道も、行くあても。ここでただ受け止める以外に俺は為すべきことを知らない。押し潰されて壊れていく、感じてる、それくらい分かってる。だけど、もう……幸せが何を指すのかさえも、俺は分からなくなってしまった。
「小豆屋、……俺のことなんて、見捨ててしまっていいんだ。」
 好いてくれてありがとう、慕ってくれてありがとう。愛してくれて、ありがとう。すごく嬉しいよ、すごく、だけど、せっかく貰ったその気持ちもどんどん零れ出していくんだ、一人になるとまた空っぽで、空虚になって、おかしくなって。ごめんな小豆屋。沢霧、ごめん。准将、ごめんなさい。俺は、愛されても思われてももう戻ることができないんです。多分、もう壊れちゃったんだ。なのにぐずぐずまだ生きてるんだ。ごめん。傷付けて、ごめん。
「泣くぐらいなら……いいんだよ、俺のことなんか。捨ててしまって構わないんだ。」
 言い聞かせるように呟く。すると、小豆屋の指の力が、ほんの少しだけ強くなって。
「たい、さ、……大好き、なんです。」
 __そっか。
 嫌いになれ、なんて。 ただの我侭だった。

即興即興ー 三時半とか夜中過ぎバロス

2011/04/06:ソヨゴ
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