綺麗な指だ。座り込む彼の手を取った。繊細なひどく整った指。くすぐるようにその手をいじる。彼の体がわずかに揺れた。 そんなこと、ないです。緩みきった声。
「俺よりも…柳さんのほうが。」
「いいや、君の指の方がいい。 好みだよ。」
 舌を、這わせてみようか。それとも口に含んでしまうか。いくつか思い浮かべてみたが、どれもそぐわないような気がした。そういう愛で方ではなく、もっと……違う形で。
 染めてしまいたい。透明な爪。
 吸い付いて、赤色にしてしまってもよかった。けど彼には、もっと似合う色があろう。さて、どうしたものか。
「あぁ___そうだ。」
 ちらり、本棚に目を向ける。置き場所がなく並べ立ててあるそれは、いずれは捨てるつもりだったが。その前に役に立ちそうだ。
 彼を置き去りに立ち上がる。俺は本棚の前で足を止め、一つ一つに指を載せた。背中越しに彼に尋ねる。
「守君、どんな色が好みだ?」
 俺が選んでもよかったのだが……きっと彼の感性の方が、俺のそれより優れているだろう。マニキュアはずらりとならんでいて、ぴったりとは行かないまでも近い色はありそうだった。
 赤、ターコイズ、レモンイエロー。目に入るたびに微かな記憶。銘柄が違うのはくれた相手が違うからだ。 「市羽目君に似合うと思って」。そんな文句とともに渡されたマニキュア達は、結局彼の爪に塗られる。皮肉なことだ。
「___貴方の、」
「ん?」
「貴方の……瞳の色。」
 それ以外の色は、もう、浮かばないんです。
 ぼんやりと彼は答えたある人は翡翠と言う、ある人は泉と言う、ある人は若葉と言う___俺の、目の色。だが残念なことに、薄緑のマニキュアは貰ったことがない。
「すまない、その色はないんだ。」
「なら……お好きな色を。」
 好きな色、か。俺には特に、好みの色というものはない。なら何か似合う色を………そうだな、果実のような。
 端から順々に目を移した。アップルレッド、ストロベリー、ブルーベリー___チェリーレッド。
 手に取って軽く転がす。細やかなら目がきらめいて部屋の光を反射した。思い浮かべる。きっと、かわいらしい。甘味のように。
「この色はどうだ?」
「すごく、素敵です。」
 左手を人差し指で持ち上げた。俺は片手でキャップを取り、彼の爪に色を載せていく。瓶の縁で余分を捨て、ゆっくりと、何度でも。ミルフィーユのように重ねて。ねっとりとした液体を緩やかに塗り付けていく。毛先は包み込むように爪の上で広がり、薄く跡を残していった。チェリーピンクのマニキュアが丸みを帯びてつやめいて、彼の爪を染めていく。
 左手は塗り終えた。次は、右手。同様に、ゆっくりと染め上げる。全部塗り終えて蓋を閉めた。乾くまで、間があるな。
 指を絡めて顔を近づけた。細さを直に感じて、そのなめらかさに惚れ惚れとする。爪が乾くまで絡めていよう、心地よい肌を愉しもう。眠りに落ちる寸前のようにまどろんでいる彼の瞳。瞼にキスして、そのまま唇を重ねた。しばらく舌は入れずに唇だけを味わって。吸い付いて、舐め取って、柔く歯を立て、かぶりつく。口の端からなぞるように舌を這わせると、絡み付く指がきつくなった。体が、震えている。
「ん…ぅ……りゅう、さん、」
「どうした?」
「あの……はや、く……ください………」
 何のこと?
 薄く笑ってまた吸い付く。まだ、入れてあげない。触れるだけ、押し付けて、焦らせるだけ焦らしてしまう。苦しそうに瞳が潤んだ。___そろそろ、入れてあげるか。
 体重をかけて彼を倒した。小さな頭がベッドに落ちる、上から押さえつけ、深いところまで立ち入っていった。舌がかすかに甘酸っぱい。絡める内に蕩けていく、身も、心も。
 声が漏れるようになってきた。わざとではないのなら、天性の才能だな。 そそる声。食っちまいたい。
「ふぁ…ん……っく……んぅ………」
 ぞくり、後頭部がざわめいた。もう爪は乾いただろうか。やはり押さえられそうにない、滑らかな指、食べてしまおう。
 唇を離す。深く口付けていたせいで唾液が銀に糸を引いた。彼はうっすら涙目で、俺はその涙を舐めとる。 気持ちよかった?問いながら。
 また手を取って眺めれば爪は綺麗に乾いていた。微笑んで甲にキスを落とし、そこから舌を這わせていった。まず舐めあげて、手首で止まり、円を描いて爪先へ。辿り着いたら、軽く吸い付く。それから根元までくわえ、一本一本、焦れったいくらいに。くわえこんだら、ゆっくりと抜いていく。
 指の側面に舌をすべらせちらと彼を伺えば、予想通りの甘い吐息。思わず目を細めてしまう。 可愛いな………できることなら君の全てを、口に含んで、舐め回してしまいたい。飴玉のように。しつこいほどに。
 手を放す。彼のシャツをはだけさせながら、出会った日のことを思い出した。今からこんな様子ではどうなってしまうことやら____はは、いいよ。一緒に堕ちよう。
 耳元に口を寄せながらシャツの中に手を入れる。そのまま下まで滑り込ませていじくりながら、囁いて。
「……何か、して欲しいことはあるか?」
 徐々に荒くなっていく息。答えられないままでいる彼の、耳たぶを軽く噛む。わざと呼気を混ぜながら俺はさらに重ねて囁く。
「何でも、____望み通りにしてあげるよ。」
 小さな小さな、消え入るような答え。口元が緩む。 どうして君はそんなにも………愛でたくなる、知らないぞ、俺はどこまでも貪欲だから。
 シャツを肩から脱がせていく。追い打ちのように瞳を覗けばすっかり霞がかかってしまって。爪から、指から、身体から。染め上げてしまおうか。もう逃がさないよ守君。俺からは、逃げられない。義務も責任も知ったことじゃない、手放す気が失せてしまった。
 ふとベッドの隅を見る。守君の携帯が、ランプで電話を知らせていた。悪いが無視させてもらおう………拓斗。誰の名だろう。
 もう一度深く口付ける。喘ぎ声と吐息をよそに、ランプは光り続けていた。

おこのみで。


タイトルはBGMから。椎名林檎の「おこのみで。」 表に置けなかったのでここに!!守君かわいいよ守君(*´д`*)

2010/02/17:ソヨゴ


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